現実と幻想-結婚と恋愛ー

こんにちは、Glamstyle編集部のHARUYAです。本日は「現実と幻想-結婚と恋愛ー」という事で、私の結婚と恋愛における考え方を寄稿いたします。


幻想と現実

産まれた時は幻想で溢れている。

誰もが例外なく、この世界が何なのか興味しんしんで本能のままに行動し、言いたい事を言いやりたいことをやる。

 

それから徐々に現実の世界を体感してゆく。大人が絶対的な事。いかに可笑しくても。こうしちゃいけない、ああしちゃいけない、現実を教え込まれてゆく。

 

学校に入り、現実にいかに対応するべき人物を作るかの教育をうけて、それが正しいと思い、大人が待っている答えを返すことが子供の仕事になってゆく。

大人になったらどうなるか?

そのまま大人になった時、男は大きく2つのパターンに別れると思う。大人達が言っていた事が絶対的真理だから、現実を生きないといけないという人間と、

?ん?大人が言ってたこと、確かに概ね正しい気がするけど、本当にそれが真理か?と思う人間と。

 

前者は良い会社に入り、結婚して、子供を作り、世の中的に良しとされている人生を何不自由なく生きてるように他人からは映る生き方をするし、本人はちょっと窮屈だなあと思いつつ、まあ、これが成功と幸せってやつかと自分を封じ込める。幼い時から習ったルールにのっとり生きる。それだけなら、まだ良いがそのルールから外れて生きる人間を馬鹿にしたり、攻撃したりする行動に出る人もいる。

嫁さんに、コミットして絶対に浮気なんかしない。なぜなら、現実しかしらないし、浮気なんか幻想なのだ。出来ないのだ。が、、、、本能は嘘をつかない。

 

 

本当は他の女とも遊びたい。それがゲスな事でも何でもないのに、自分に嘘をつく。

そして、金の割り切りなら商売女なら浮気にならないと謎の理論を展開し、今日も歌舞伎町のネオンは輝き続ける。

 

後者は社会不適合者として、ルールに乗らない空気の読めないやつとして、徹底的に攻撃をうけて、ひたすら冷や飯を食わされ続ける。

?男だよな?良い女とやりたいよな?

って普通の真理を、本音を言うと、袋叩きにされる。

社会とか、結婚とか、なんたら式とかそう言う事を徹底的に嫌うし、本質的じゃないと思う。

本質とは、、どんな状況であれ自分であることなのだ。人がどうしようが自分が良いと思えばそれは良いものだし、嫌だなと思えば人がどうしようが嫌な事なのだ。

女性が好きな男性像

女性に好きなタイプを聞くと、見た目普通で優しくて自分を思ってくれる人と沢山の女性が答える。つまりは、現実に生きる男を求めている。

 

前者だ。

なぜなら、生物としての生存率が上がりやすいからだ。社会から、攻撃されないためのATフィールドが欲しいからだ。そこに、、愛はない、、モノと一緒である。安心の現実は確かにある。

 

だが、一方で、一晩でも良いから、心から愛している男に抱かれたいと言う思いがある。

その時は後者が好きだと言う。刹那でも良いから、連れ出してくれと。

現実を全て吹き飛ばすような幻想に連れ出してくれと。

 

不倫だめ、結婚絶対・・・そういう価値観が当たり前であり絶対であり正義である世の中において、異を唱える事は難しいが、一旦ここで冷静になってみよう。

 

日本では全人口の約80%の人が結婚している。

また離婚率は日本の場合3組に1組が別れている。約30%。そして結婚を継続しても約50%がセックスレスとなる。

 

つまり、結婚を継続出来て且つ、セックスレスにならない夫婦は全体の35%の夫婦しかいない。10組の夫婦があれば3.5組しか相手を異性と見続ける事が出来ないという事だ。

 

このような現実があるのにも関わらず、なぜそこまで結婚したいと思い、男女互いに自分への裏切りを恐れるのか。

 

現実は数字が表わす通りの結果であり、人間の心は現実だけでは生きられないのだ。

時には現実を吹き飛ばす幻想が必要で、現実と幻想が合わさって初めて満足するのではないかと思う。

 

男でも女でも、結婚したいならすればいい。それが現実。そして結婚した後も幻想の恋愛もしたらいい。男は生涯にわたって守っていく女性と家族になりながら現実を過ごしつつ、アダルトビデオや風俗に逃げないで、素敵な女性と幻想の恋愛をし続ければ良い。

 

女は生涯にわたって守ってくれる男性と家族になりながら現実を過ごしつつ、幻想に連れ出してくれる男性と恋愛をし続ければ良い。

 

男も女も自分にコミットメントを求めてはいけない。人の心は窮屈に縛ることはできない。そして恋愛とは個人の自由なのだ。人がどうこう言う問題じゃない。

 

世間がどういう価値観であろうが倫理観であろうが自由に恋愛して楽しい人生を送ればよい。そう思う。