孤高のロックシンガー氷室京介について②

前回、氷室京介の紹介、魅力をお伝えしましたが今回も引き続き氷室京介について語っていきたいと思います。こんな一本筋の通った生き方に憧れますよね。


  • あくなき探求心

  • あれだけの歌唱力がありながら、完璧な作品を作ろうと、とことん追求し妥協を許さないようです。以下は「25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-」魂を抱いてくれ前のMCです。

 

子供が生まれる度にシングルをリリースすることが多くて、一番初めの息子が生まれた時にANGEL、娘が生まれた時にSUMMER GAMEをリリースして、三人目の子供が腹の中に入っている時に魂を抱いてくれという曲をリリースするためにレコーディングしてたんだけど、普段俺は自分の仕事場に家族を連れてくることはなかったんだけど俺の仕事を見せたくて魂を抱いてくれの歌入れの時に来てもらったんだよ。

 

その時は3日間の歌入れで夜遅くまでエンジニアと仕事をして歌えば歌うほどもっといいものをとエンドレスになって、3日目に中途半端な歌が残ってるからいけねんだと、全部消してくれって言って大喧嘩になったことがあって、かみさんと二人で車で家に帰る時に「1日目の1番最初に歌ったテイクが1番良かったみたい」って言われて素人の意見なんてそんなもんで、まあ案外当たっているのかなと。そんな間違った事を真剣にやりながらずっと25年間やってきたわけで、あまり自慢の出来るような結果を出せているか分からないけど、一つだけ俺が25年やってきてよかったなと思うのは、全国の熱い連中が声援を贈ってくれて、俺みたいな人間がやってこれたのもみんなの気持ちが支えてくれたおかげです。

 

士は己を知る者の為に死すと、男だったら自分を信じてくれる人のためなら命でも張れるっていう意味なんだけど、毎回そんな気持ちでやってて、落ち込んでいる時もあったんだけど、みんなの前に戻ってこれるっていうのは俺の人生パーフェクトなんだと感謝します。歌詞も気に入っている魂を抱いてくれっていう曲を聴いて欲しいなと思います。

 

氷室京介の人となり

以下は一部ネットの情報もあるため真意のほどはそれぞれの判断に任せますが、こんなエピソードが語られています。

 

大阪の某音楽雑誌の記者が氷室のインタビューの為に東京へやってきた。
その時氷室は分刻みのスケジュールで、その雑誌がその日の最後の仕事だった。
しかしその記者は慣れない東京+方向音痴+焦りから山手線を逆方向に乗ってしまい大遅刻。結局その日のインタビューは中止になり、翌日改めて時間を作って埋め合わせることに。
そして迎えた翌日、その記者はガクブルで、現れた氷室に開口一番に謝った。
そんな記者に氷室はニコニコ笑って一言「電車反対に乗っちゃったんだって?」
その後も失態を責めるでもなく、緊張する記者に気さくに話し掛け、和やかな雰囲気のままインタビューも無事終了。
大阪へと帰る記者に「今度は電車間違えないようにね」と声を掛け、去っていった。
以上この記者本人が雑誌および氷室の会報で暴露した話でした。

 

『SSB 2004.11.11@大宮ソニック・シティ』
メンバー紹介の時に氷室がずっと気になっていたみたいで 中央12?列目にいた男の人に
氷室『何それ?鏡?…写真??まさか死んだ人の写真じゃないよな?』
そしたら本当に死んだ人の写真で
氷室『死んだお母さんの写真か?!それはご愁傷さま(お悔やみの言葉をいう) ……なんてリアクションしたらいいんだろう』
会場失笑 『いやお前ら、笑い事じゃないんだよ…、最近亡くなったのか?まさか新潟の地震じゃないよな!?』
そしたら一ヵ月前東京で亡くなったそうで、また、会場失笑
すかさず氷室は『本当は今日そこの席にいたのか?それで写真持ってるのか?』 男の人うなずく
氷室『センキュ・・・(しみじみ) 今日、彼女はそこにいるんだな?彼女の魂に恥じないように俺も頑張るよ。』
会場噛み締めるように拍手が起こる!

2000年12月28日ZEPP大阪 最前、氷室とスティーブの間という好位置をキープで期待度も高まりながら ライブスタート まずオープニング2曲氷室が歌っている途中に 最前バーから脱出する奴等が多かった ニヤニヤ笑いながら係員につかまって出るような奴等が多かったから
わざと氷室の近くに行きたくてやっていたようにしか見えなくて テンション下がる下がる・・・
しかしそんな中でも物凄く好いものを見てしまいました 自分よりも中央寄り、
足乗せスピーカー前付近バーに 捕まっている兄ちゃんがいた
最初彼のテンションは高かったけど、曲を重ねるごとに 呼吸が粗くなり、
かなりへばってきているのはあきらかだった 中盤にさしかかった辺りで、
そんな様子の彼を見かねた氷室が 曲の間奏部分でマイクに声を通さないようにしながら
ステージ上から「大丈夫か?」と話しかけるんだな
彼は氷室が自分に話しかけていることが分かったようで、大きく頷いた

これでそのやり取りは終わりかと思ったが、更に氷室が2、3曲歌った頃に
その兄ちゃんはどう見ても倒れる寸前、意識朦朧状態になりながらも
必死にバーに捕まっていた 心配でしょうがない氷室は、また間奏でマイクに声を通さないように
「大丈夫か?大丈夫か?」と、繰り返し声をかけていた
兄ちゃんは弱々しく一生懸命うなずく。
この場所は死んでも離れないって意志表示に見えた
それを確認した氷室は、彼の心意気が分かったのか
心配そうな顔つきから急に厳しい顔になって 彼に向かって、もの凄い勢いでお辞儀をした
自分の額の汗を兄ちゃんに飛ばしたんだな
もう何も言わない、これが俺がお前にできる精一杯のエールだって
氷室が言っているように見えた
それからの氷室はもう彼に構わなかったし、彼も最後まで乗り切ったよ
「大丈夫か?」とマイクに声を通したら、会場が盛り下がるのを配慮しながらも
氷室のやさしさが見れて無茶苦茶感動しました

大型バイク免許取りに行ってた時は、毎回一人で来て一般人と一緒に講義と講習を受け、予約も自分でやってたそう。 まったく個人として通い、芸能人特別待遇など一切なく(記事には吉井が教習所に通ってた時は時間外に特別だったとあった)、態度も真面目で教官達からかなり評判良かったらしい。
その後他の雑誌で見たら、合格発表の時は一緒に講習受けてた一般人と共に喜びあい、頼まれたサインには全部応じていたそう。 その時の事だと思うけど、免許証にサイン下さいって言われた時はさすがにびっくりしましたと語っていた。

居酒屋で飲んでいた時の事凄く驚いたことがあります。 飲んでてペンキ屋の方と知り合いになったのですが その人が氷室の家の塗装をしたことがあったそうです。
工事が遅れてて休日出勤をしてたら昼時に氷室が出てきてたいしたもの出来ないけど、よかったら昼飯うちでどうですかって言われてご馳走になったそうです。でもさすがに氷室と一緒に飯くったら食べた気しなかったそうです。ちなみに昼飯は鯵の開きとか本当に普通のメニューだったそうです。
なんかうまく書けないけどその話聞いて俺自身凄く気分よくなりました。それで氷室ネタはこれだけじゃ終わらないんですよね。 この話聞いてたら居酒屋のパートのおばさんがいきなり
話かけてきて私も氷室知ってるって言うんですよね。 そのおばさん昔、不動産業界にいたことがあり氷室の引越し担当したことがあったそうです。
氷室のこと凄く感じがいい人でいまでもよく覚えてるって言ってました。そうそう、引越しの時デモテープと天体望遠鏡だけは誰にも触らせず自分で運んだそうです。

まとめ

いかがでしたでしょうか。誰もが孤高のロックスター氷室京介のようなの生き方はもちろんできませんが

生きる姿勢、自分をストイックなまでに追い込みステージや曲に妥協を許さず、人に優しい。

こんなかっこいい男に憧れますよね!またいつか何かしらの形で氷室京介の作品に触れる事を心待ちにしてます。