孤高のロックシンガー氷室京介について①

2014年7月 突然の引退発言を行い、2016年5月の東京ドームで『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』で引退した氷室京介ですが、Glam style編集部としては孤高のロックスター氷室京介を最高にかっこいい男として、その生き様、足取りをレポートしていきたいと思います。


氷室京介とは?

1982年、氷室狂介の名前で、ロックバンド・BOØWYのヴォーカリストとして、アルバム『MORAL』でデビュー。1987年12月24日、およそ6年の活動期間を以てBOØWYは解散する。1988年、シングル『ANGEL』でソロデビュー。同年オリコン年間順位8位となった。1994年以降アメリカでの活動が増え、1997年に家族と共にロサンゼルスに移住した。ロサンゼルスという環境を生かして、外国人エンジニア、アーティスト、ミュージシャン等に自らオファーをし、自らをプロデュースするという形をとっている。

引用:wikipedia

BOØWYとは?

 

8ビートを基調としポップでありつつもシャープでエッジの効いた縦ノリのロックサウンドや、ジャン=ポール・ゴルチエをステージ衣装に使用したり、今日のロックシーンでは当たり前となった逆立てたヘアースタイルなどの斬新なビジュアル等が多くの支持を集め、5thアルバム『BEAT EMOTION』と6thアルバム『PSYCHOPATH』は当時のロックバンドのアルバムとしては異例のミリオンセラーを記録した。シングルでも1987年に「MARIONETTE」が初登場1位を記録し、名実共にトップバンドへとのし上がった。

しかし絶頂の最中にあった1987年12月24日に解散を宣言。この突然の出来事は世間に大きな衝撃を与えた。翌年1988年4月4日、5日に東京ドームで行った『LAST GIGS』にてバンド活動に終止符を打つ。9万枚以上用意されていたこのライブのチケットは僅か10分で完売、予約の電話が殺到した結果、文京区の電話回線がパンクするという事態も起こり、これら一連の流れから人気は社会現象にまで発展した。

引用:wikipedia

 

筆者が考える氷室京介を紹介します。

 

ビジュアル面

まず見た目ですが、若い時は俳優として活躍できるほどのルックス。

このルックスで女性ファンの心を鷲掴みにしました。

 

サウンド面、ビジュアル面ともにBOOWYを支えていた布袋なのだが、当時のライブの様子を見るとどうだろうか。ステージ上で圧倒的な存在感を発揮しているのはやはりボーカルの氷室京介なのである。もちろん、ボーカリストだから目立つのは当然だし、氷室が恵まれたルックスを持っていたことも大きい。しかも、急激なブレイクのせいでそれまでのマニアックなファンを上回る新しいファンが殺到する。その中心となったのはやはり若い女性ファンである。そして彼女らの注目が氷室に集まってしまうのは仕方が無いことだ。布袋も当時を振り返り「誰も俺のギターなんか聴いていないじゃないか」と思ったと告白している。

引用:プ~太郎のまんまで

 

歳を経てからも、輝きは増しスリムな体系維持はもちろんの事、大人の色気が増してます。

本人曰く常に食べ物にも気を使っているようです。

この年齢で黒のタンクトップを着こなせるのは氷室京介くらいじゃないでしょうか。

 

  • 歌唱力

  • 独特の艶のある声、初めて聴いた時、これが本当に人の声か!と驚きました。何よりライブでも絶対的にキーを外さない。筆者も沢山のアーティストのライブに足を運びましたが、プロであれ特に高いキーになるとCDのようにはいかず、若干フラットしてしまうことがあります。リズムも外さず、ほぼライブとCDの聞き分けが出来ないクオリティです。まあ、歌に対する姿勢が結局引退を決意させるという皮肉になってしまうわけですが…ファンとしては多少、キーを外そうがリズムがずれようがかっこよくパフォーマンスをしている姿が見たいのですが、本人のあくなき探求心、完璧主義がそれを許さないようです。引退の背景としては、ある一定音域の音が左耳で聞き取れなくなったことに起因するようです。これは完璧なステージを目指す氷室京介にとって許しがたい事なんだったと推測します。

    ストイックな姿勢

  • 絶対に曲作り、ステージには妥協を許さないようです。本来は、ソロデビュー25周年記念ツアー「25th Anniversary TOUR GREATEST ANTHOLOGY -NAKED-」のにて引退を行うはずでしたが、リハーサルの最中、モニターに足をかけたところ、転倒。肋骨にヒビが入ったままリハーサル、ライブを決行。とてもじゃないけど、並の人間であれば2時間を超すステージを歌いきることは不可能です。しかも年齢は既に50歳を超えているわけですから、超人的な精神力とプロ意識でステージを行う姿には目頭が熱くなります。そして更に不運なことに天候が悪化します。

横浜スタジアムのすぐそばに落雷が発生。同曲の演奏が終わってから、ライブはやむなく一時中断となり、観客はスタジアムのコンコースに避難するようにアナウンスされた。1時間後、まだ雨脚は衰えぬままだったが、落雷の危険性がなくなったということでライブの再開が決定。突然のハプニングがあったもののツアーファイナルは無事最後まで行われることになり、来場者からは歓喜の声が沸いた。もう1度ステージに現れた氷室は「最終日だから完璧にしたいと思ってたけど、昨日のリハのときに雨で濡れたステージでおもいっきり滑って。今日医者に行ってレントゲンを撮ったら、肋骨が折れてるって言われました」と告白。そんなことを微塵も思わせないパワフルなステージが繰り広げられていただけに、会場中から驚きの声が上がっていた。ここで氷室は「この曲は何百回も歌ってきたけど、命懸けで今日のを最高にしたいと思います!」と宣言し、ソロデビュー曲「ANGEL」を気迫に満ちた表情で熱唱。会場の盛り上がりも中断前をはるかに超え、ファンの力強い合唱がスタジアムいっぱいに響き渡った。氷室は歌い終えるとオーディエンスに向けて、骨折のため自分が満足のいくパフォーマンスでなかったことと、落雷でライブが中断になったことを謝罪。最後に「今日はケガをしていてこれ以上できないけど、また必ずどこかでリベンジをやると約束します!」と力強く誓った。

  • 引用:音楽ナタリー
  • 下記が落雷で中断している最中の氷室京介の様子。恐らく胸の痛みと必死に戦ってます。

そしてライブ再開からの「ANGEL」でこのライブは幕を閉じるわけですが、悪天候、怪我、思うようなLIVEが出来なかった氷室京介はリベンジを誓います。

そして、『KYOSUKE HIMURO LAST GIGS』へとつながっていく事となります。

 

次回は、氷室京介のあくなき探求心と人となりについて書いていこうと思います。